先輩上司と秘密の部屋で
早朝の静けさの中、杏奈の鼻をすする音だけが隼人の部屋に響く。
「……泣くほど好きだったの?」
隼人の優しく落ち着いた声が、さらに杏奈の涙腺を刺激していた。
「好きになれたと思ってた。でも相手に気持ちがないってわかった途端、なんか自分の気持ちも一気に冷めちゃって……。それって結局、その程度の気持ちだったってことだよね」
少し間を置いて“そうだね”と静かに相槌をうった隼人は、ひと房掬った杏奈の髪に指を絡ませている。
杏奈は完璧すぎる隼人のせいで自己評価が低く、行動する前に頭で色々考えてしまい、結局後で後悔する自滅タイプだ。
だから自分にはっきりと好意を寄せてくる男に弱く、強く押し切られるとそのまま流されてしまう。
杏奈がこんな性格になってしまったのは、間違いなく隼人の関わり方の影響が大きいだろう。
挫折や失敗を経験しないまま大人になった杏奈は、傷つくことに全く慣れていない。
だから無意識に危険を回避し、自分に無償の愛情を注いでくれる人に依存してしまうのだ。
「……俺は杏奈のこと、絶対嫌いになったりしないよ」