先輩上司と秘密の部屋で
act.1 杏奈の災難
「杏奈。急で悪いんだけど、別れてほしい」
大学時代から二年ほど付き合った彼氏に突然そう告げられて、杏奈は持っていたマグカップを危うく落としそうになる。
一緒に住むのはちょっとなぁ……と難色を示していた杏奈をすごい勢いで説き伏せ、彼の元々住んでいたこのアパートに半ば無理やり住まわされることになったのは、つい二週間ほど前のこと。
杏奈に一目惚れしたという彼の猛アピールに根負けして、流されるがままふたりの交際はスタートした。
始まりこそ一方的なものだったけど、最近では男の気持ちに寄り添うことが出来るようになっていたはずだ。
そうでなかったら、これまでろくな男と付き合ったことのない杏奈が、同棲にまで踏み切るわけがない。
「……なんで?」
「ごめん。俺には、……お前を幸せにする自信がない」
全く意味のわからない理由で別れ話を切り出してきた男に、杏奈は急速に気持ちが冷めていくのを感じた。
涙さえ浮かんでこないのは、自分に何か欠陥があるからなのだろうか。
すぐさま荷物を纏める手に迷いはなく、未練なんてものはこれっぽっちも感じなかった。