先輩上司と秘密の部屋で
隼人の部屋から自室に戻った杏奈は、中の様子を見ていたく感動を受ける。
ホコリひとつ被っていない家具に、シーツが変えられたばかりのベッド。
まるで杏奈がいつ戻ってきてもいいように、部屋は清潔に保たれていた。
(後で、またお礼言わなくちゃ……)
杏奈は顔を綻ばせながら、キャリーバッグの荷を解いていく。
仕事が忙しい共働きの両親のもとで育った杏奈にとって、隼人は兄であり親の代わりでもあった。
その絆は強固で、杏奈は隼人に全幅の信頼を置いている。
だから後先考えず家を飛び出したことを、心から申し訳なく思っていた。
さっき流した涙は、隼人への懺悔だ。
今回のことで、血の繋がりほど確かなものはないと、杏奈は思い知った。
他人はあっけないほど、簡単に裏切る。
気持ちがなくなれば、傷ついても構わないと平気で切り捨てる。
男を信用するなと、隼人に口酸っぱく教えられてきた。
だからいい加減、杏奈も忘れなければいけない。
無愛想な顔に隠された、誰も知らない“彼”の優しさも幻であったと。
二年付き合った彼氏に振られたことよりも、嵐士に嫌われてしまった事の方が、杏奈にとってはずっとずっとショックだった。