先輩上司と秘密の部屋で
着替えや化粧品を持った杏奈は、意気揚々とバスルームへ向かっていく。
元彼の部屋のお風呂は三点ユニットで落ち着かなかったし、狭いネットカフェのシャワールームでなんて問題外だ。
もとよりお風呂が大好きな杏奈は、この家の大型ユニットバスが、恋しくて仕方がなかった。
杏奈は鼻歌交じりにオートバスシステムのモニターを確認し、お湯が設定温度のまま保温されているのを確認する。
(あれ、お風呂の予約……お兄ちゃんがしたのかな? 朝風呂派だっけ……)
のんきな杏奈は、朝一でお風呂が沸かされていることになんの疑問も持たず、サニタリールームへ続くドアを開け放っていた。
入ってすぐに見えるのは、大きな三面鏡付きの洗面化粧台。
バスルームとの仕切りである全面ガラス張りの扉が開いた瞬間、杏奈は仰天する。
目に入ったのは濡れた黒髪と、筋肉質でほどよく引き締まった体躯の人物。
「きゃ……んっー!?」
目前にいる裸の嵐士に悲鳴を上げそうになった杏奈は、彼の持っていたバスタオルで瞬間的に口を塞がれてしまった。
「大声を出すな」
鋭い漆黒の瞳を間近で向けられて、杏奈は硬直したまま息を呑む。
嵐士の髪から滴り落ちた水は、しっとりと杏奈の頬を濡らしていた。