先輩上司と秘密の部屋で
杏奈は無意識に、シャツを掴んでいた指に力を込める。
そしてそのまま隼人の胸元にぼすっと顔を埋めると、まるで甘えるように何度も額を擦りつけていた。
「杏奈……くすぐったいんだけど。どうしたの?」
どうもこうもない、と杏奈は心の中で叫ぶ。
さっきから、視点がうまく定まらないのだ。
真っ黒い感情が自分の中をぐるぐる渦巻いて、息の仕方もわからない。
様子のおかしい杏奈を宥めるようにして、隼人はそのまま背中をポンポンと叩いてくる。
(まさか、お兄ちゃんと黒谷先輩がそんな関係だったなんて……)
杏奈は意識が遠ざかりそうになる程、強いショックを受けていた。
今までそういう世界は全く未知のものだったのだから、受け入れられないのも無理はない。
学生時代から確かに彼らはいつも一緒にいたし、特別仲がいいのも周知の事実だった。
隼人の女遊びは事実を欺くためのパフォーマンスだったのかもしれない。
これなら女の人を連れ込んでくれていた方がマシだったと、杏奈は本気で泣きたい気分になってしまった。