先輩上司と秘密の部屋で
「……困ったな」
隼人は杏奈のつむじに顎を乗せながら、とてつもなく嬉しそうな口ぶりで呟いている。
「ねぇ嵐士、この可愛い子どうしたらいいと思う?」
「知るか」
嵐士が棘のある声でそう答えた瞬間、隼人は杏奈の頭上で小さく息を漏らしていた。
いつまでたっても兄離れできない杏奈に対して、呆れてしまっているのだろう。
でも、人に言えないような秘密は作るよりは、遥かにマシだ。
杏奈はふたりのことを恨めしく思いながら、目尻に滲んだ涙を急いで拭っていた。
「ねぇ杏奈。いい加減許してよ」
嵐士と一緒に暮らすのが嫌で駄々を捏ねていると思われたのか、隼人は優しい口調で杏奈のことを諭してくる。
杏奈は現在別のことで頭がいっぱいなため、正直言ってそんなことを考える余裕はない。
最初から嵐士を追い出すという選択肢がない隼人に、杏奈は憤りを覚えずにはいられなかった。
(……お兄ちゃんと黒谷先輩を、ふたりきりにしておくわけにはいかない)
考え抜いて出した答えは、とても切実なもの。
力なく頷いた杏奈は、もうすでに後悔し始めていた。