ラブソングは舞台の上で
久々に握ったマイクは、想像していたより温かかった。
前奏が流れると、体が勝手にリズムを刻む。
歌い出しの3秒前に思いきり息を吸い込み、腹と喉に全意識を集中。
マイクとの距離の取り方は、今でも体が覚えている。
そして、発声。
次の瞬間、この場にいた全員が息を飲んだ。
「うまっ!」
「鳥肌立った!」
それまで人の歌なんて聞いていなかった彼らは、会話をピタリと止め、私の歌声に耳を傾ける。
ああ、歌なんか歌いたくなかったのに。
曲が盛り上がるにつれ、みんなの表情がサビに向けて期待を露にする。
その期待に応えるべく、持っている技術の全てを込めて歌い上げれば、会場は歓声と拍手で湧いた。
……しかし。
「次の曲、誰だっけ?」
「この後に歌うの、嫌だよね……」
ああ、だから歌いたくなかったのに。
“歌が上手すぎること”
これは私、牧村明日香(まきむらあすか)最大のコンプレックスである。