ラブソングは舞台の上で

翔平は軽く辺りを見回して、周りに誰もいないことを確認してから喋り出した。

「明日香、なんか辛そうだけど。風邪ひいた?」

私のぎこちない上り方を見て、そう捉えたらしい。

気にして声を掛けてくるなんて、相変わらず優しい男だ。

「違うの。ただの筋肉痛」

だから、心配までされてしまうと、ちょっと恥ずかしい。

翔平は首をかしげた。

「筋肉痛? 運動でも始めたの?」

「うん。ちょっとね」

ミュージカルという名のスポーツを、少々。

「ふーん」

気のない相づちをうち、私を見つめながら軽やかな足取りでこちらに上ってくる。

いいなぁ、どこも痛くなくて。

同じ紺色の作業服を着た彼は、あっという間に私と同じ段までやってきた。

「あのさ、明日香」

「なに?」

「24日、空いてる?」

「え?」

24日って、クリスマスイブのことだよね。

昨年までは当たり前のように二人で過ごしてきたけど、今はもうーー

「別れたのにって思われるのはわかってる。何か予定があるならいいんだ。でも、考えといて」

翔平はそう言い残して、飛ぶように階段を上って行ってしまった。

クリスマスイブ……か。

予定表によると、練習は入っていなかった。

その日に稽古を入れても、サービス業の人の仕事が忙しかったり、家族サービスをしなければならなかったり、恋人と過ごしたりしなければならないから、練習にならないのだろう。

今のところ、予定はない。

だけど、24日はそれなりに特別な日であるわけで。

空いてるからといって、そう易々と都合をつけるのも、たぶん違う。

だって、翔平が私に予定を聞いたのは、彼がまだ私に未練を抱いているというアピールでもあったのだから。

私はそれから何日も、返事ができなかった。

翔平も急かしてきたりはしなかった。



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