真っ直ぐ歩けばー星ヶ丘高校絵巻ー
鷺原さんが、あたしの顔をのぞき込んでくるので

あたしは、仕方なく口を開く。


「好きっていうか…よくわからないんだ

けど、前に廊下でぶつかって、それで…

それだけだったんだけど、気付いたら

遠野さんのこと、目で追ってました。

よく考えたら、あたし、遠野さんのこと

何にも知らないんですけど…。」

言いながら、あたしは頬が赤くなるのを

自覚して俯く。

うん、うんと聞いていた鷺原さんは

「わかるわー。」

と言った。

明るくて軽い声が、するすると


くもり空へ昇っていく。


「わかる。私にもそんな記憶があるもの。」

遠くを見つめるような表情で、鷺原さんは続ける。

「涼と付き合うずっと前だけど

私、別に好きな人がいたの。

でも、瀬戸さんと同じで名前しか

知らなかった。どうして、その人を

好きになったのか、今はもう忘れちゃった。

結局、その人には婚約者がいると

わかって、あっさり失恋しちゃった。」

「鷺原さんみたいな人でも

失恋しちゃうんですね。」


当たり前じゃないの、と言って鷺原さん


は笑った。


長い睫毛に縁どられた大きな瞳。

白い肌、さらさらの長い髪。

あたしは思わず自分のたくましい腕と、

鷺原さんの華奢な腕を見比べてしまう。

こんなかわいい人でも失恋しちゃうんだ。

自分が男だったら、絶対に鷺原さんみた

いな人を選ぶだろうな。


「でも、私は瀬戸さんみたいに

その人に思いを告げられなかった。

瀬戸さん、すごいなあ。勇気あるなあ

って思った。」

スカートの上で組んだ手に、鷺原さんの

視線が落ちる。


「…今のちょっと皮肉に聞こえます。

フラれたし。」


あたしはちょっと悔しくなって言った。


なのに鷺原さんは「あら、そう?」と

軽い調子で言ってから続けた。

「だけど、またすぐに好きな人ができるわよ。」


ごめんね、と言わないところも

なぐさめないことも

あたしは少し、憎たらしいなと思った。

それでも、なんだか

胸のつかえが取れた気がした。




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