ぽんぽんぼん
その時、ふわっと香る甘い匂いが鼻腔を擽ると共にカタンと右隣で誰かが椅子を引く音が耳に入った。
「ん?」
原稿用紙に向かっていた目を上げて、右隣に移せば、そこにはさっきじゃあねと言って去って行った彼の姿。
「梶木君、何でここに?」
こてんと首を傾げると、梶木君はフッと鼻で笑って口を開く。
「座ったら駄目な訳?」
「いや、全然!寧ろ座って下さい!ウェルカムです!」
「あっそ」
それだけ言うと、梶木君はバサッと時事問題がよく取り扱われている雑誌を開いて、そこに目を落とす。
凄く真剣な目。
どんな内容を読んでいるのかと気になってひょこっと横から覗いてみれば、 そこには昨年度までの交通事故死者数が表されているグラフが描かれている。
梶木君、……本当に交通事故による死者数を調べてるよ。
スーっと自分の手元にある本に視線を戻す。
隣に梶木君がいるからか、凄く落ち着く。
ちらっと梶木君を横目で盗み見ると、やっぱり真剣に雑誌に目を通しているご様子。
それに触発され、私もふうっと息を吐くと再び論文へとシャーペンを走らせた。
半分程出来上がった所で、両手を上に伸ばしぐーっと伸びをする。
「疲れたー。アイス食べたーい」
頭を使い過ぎた時は糖分補給に限る!
独り言の様にそう口にすると、隣の梶木君からギロッと睨み付けられる。
「煩いよ、森山さん」
「す、すいません」
すっかり書く事にのめり込んでいた為に、隣に梶木君がいたのを忘れていた。
梶木君の匂いがこの場所をのめり込んでしまう程落ち着く空間に変えたせいってのもあると思うけど。