私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
 姫川編集長は数時間前に青木印刷所へ行ったっきり戻ってこず、タウン情報部に居るのは私だけで、パソコンの液晶画面の右下に表示されている時間を見ると、終電に近い時間帯になっていた。

「資料のまとめは終わりっと」

 マウスでファイルを保存して、椅子の背もたれに体を預けて深く息を吐く。

 ずっとパソコンの液晶画面をじぃっと見ているから目がしょぼしょぼだし、肩もこっているし…、こんな調子だとまた姫川編集長に怒られるから今日はここまでにしておこうっと。

 パソコンの電源を落として帰り支度をして、編集部に残っている皆に挨拶をしてフロアを出た。

 連日色んな場所へ取材しているせいか脚にも疲れが出ていて、階段を降りる動きがとても遅い。

 ロビーに着くと、隅にある喫煙スペースに姫川編集長が1人で外の景色を見ながら喫煙していたので、先にあがることを伝えようと姫川編集長に近づいた。

「姫川編集長、お先に失礼します」

 私の挨拶に振り返った姫川編集長は、まだ煙が残っている煙草を灰皿に押しつけた。

「まだ飯を食ってないだろ?付き合えよ」
「これからですか?」

 電車が無くなろうとしているし、こんな時間に開いているお店なんてないとおもうんだけど……。

「タクシー代を出すから、安心しておけ」
「……分かりました」

 タクシー代って結構バカにならないし、出してくれるという言葉につられて返事をしちゃった。

 姫川編集長と来たのは1軒の飲み屋さんで、ここはモツ煮込みが美味しいと評判らしい。

 私たち以外にも会社帰りのサラリーマンたちで一杯で、こういうお店を知っているなんてやはり姫川編集長は情報ツウだなぁ。

 注文をした小麦色のアルコールが入ったジョッキが2つ置かれて、お互い手に持つ。

「お疲れさん」
「お疲れ様です」

 久しぶりに飲むアルコールが全身に広がり、私って結構疲れていたんだなぁ。
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