私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
 お手洗いに行っていた高坂専務が戻ってきた。

「そろそろ帰ろうか?ここは俺が出すから、3人は先に外でタクシーを拾って」
「高坂専務、ありがとうございます」

 私たちは先にお店を出て水瀬編集長がスマホで呼び寄せると、暫らくして2台のタクシーが到着した。

「俺たちはこっちのタクシーで相乗りをするから、お前はそっちのタクシーで帰れ」

 姫川編集長が財布から高額紙幣を数枚取り出して、私に差し出す。

「こんなに頂けません!」
「出すと言ったのは俺だ」
「でも…」
「ちっ」

 押し問答していたら姫川編集長はタクシーの運転手が座っているドアをノックすると、静かに運転席の窓が下がった。

「これであいつの住むところまで頼む。九条、さっさと乗れ」
「かしこまりました」

 姫川編集長は高額紙幣を運転手に渡し、私にタクシーへ乗るように促すので、これ以上は何か言っても駄目だ。

「分かりました。タクシー代、ありがとうございます。お先に失礼します」
「んっ」
「気をつけてね」
「○○までお願いします」

 姫川編集長と水瀬編集長に挨拶をして、先にタクシーの後部座席に乗り込んで運転手に住所を告げた。

 タクシーは夜の道を走り続け、私はアパートに着くまで外の景色をぼぅっと眺めながら、姫川編集長のことを考える。

 そういえば私が初めて『Focus』の記事が載った時、雰囲気の良いお店にお祝いとして食事に誘ってくれたよね。

 いつも厳しくて口が悪いのに、このときはねぎらいの言葉を貰えて嬉しかったなぁ。

 今日食事に誘った意味を聞きそびれちゃったけれど、水瀬編集長の口ぶりは結構意味深だったよね?でも、話が本当という確証もないしなぁ…。

 うーん、誘われたのはたまたまだし、先ずは目の前の季刊のことをやり遂げなくちゃ。

 ふぅっと息を吐いて、思考スウィッチを切り替えた。
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