私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
 海斗さんは包丁を使って手際よく魚のうろこを落とし、身を刻んで内臓を綺麗に取り除いていく。

 前に海斗さんの家でお世話になった時にご飯を作ってもらったけれど、本当に海斗さんって料理が上手だな。

 あまり近くに寄って撮影をしてしまったら邪魔になるから、少し距離を置いて一眼カメラで撮ってみよう。

 姫川編集長に言われたように手ブレには気をつけて一眼カメラを持って、海斗さんの手元に撮影の標準を合わせてシャッターを押し、もう少し解像度を上げた方がいいかな?

 手でレンズの解像度を調整して―…と、これなら写り映えもよさそう。

「……」

 海斗さんは一眼カメラのシャッター音には気にしないで、黙々と料理を作っていく。

 魚はあっという間にお刺身になり、用意された肉は鶏肉で、下味をつけて油で揚げられていった。

 【もりや】の定食で食べたことのある鶏のから揚げも美味しそうだけれど、海斗さんが作った料理もきっと美味しいに違いないし、本音は食べたいけれど、今は仕事だから我慢だ我慢。

 揚げたての唐揚げを撮影していたら、海斗さんが唐揚げを右手で1個掴んで私に差し出してきたので、カメラから顔を離す。

「口を開けて」
「え?」
「いいから」
「は、はい」

 カメラを持ったまま口を開けると、海斗さんは揚げたての唐揚げ1個を私の口に入れた。

 皆が居る前で!って言いたいけれど、揚げたての唐揚げは想像以上に熱くて、口の中で何度も転がしながら噛む。

「旨いか?」
「………」

 唐揚げの熱さに喋れなくて何度も深く頷くと、フッと海斗さんが笑った。

 今まで私の前だと笑うことがあまりなかったのに……、頭では仕事中だって何度も呟くけれど、その笑顔をもっと私に見せて欲しいと強く思った。
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