私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
「頭をあげろ」
「でも…」
「いいから、あげろ」

 そっと頭をあげると、海斗さんは怒った表情をしていなかった。

「俺はずっとここで育っているから、その生き方しか知らないんだ。だから、アンタの言葉は間違ってはいないから気にしていないし、アンタが気にすることじゃない」

 私が傷つけたのに、怒っていいのに、何でそんなに優しい口調で言うの?込みあげる切ない気持ちが胸に広がって言葉が続かなくて、視界が涙でぼやけてきた。

 すると海斗さんは大きな右手を私の左頬に添えて、親指で私の左目の目尻を拭う。

「今度は俺がアンタを傷つけたな」
「……違います。傷つけていません」

 顔を左右に振って海斗さんの顔を見るとうんと優しい顔で私を見ていて、さっきはあんなに切ない気持が胸に広がっていたのに、今は温かい気持ちが胸に広がって鼓動も早くなっていった。

 頭では姫川編集長の所に戻らなくちゃいけないと警鐘しているけれど、こんなにも海斗さんとの距離が近くてドキドキして動けない自分がいる。

 左頬に添えられている海斗さんの右手の温もりを手放したくなくて、私は海斗さんの右手を自分の手で包んで目を閉じた。

 海斗さんの右手の温もりと自分の胸の鼓動とすぐ近くで聞こえる波の音に、全身が癒やされる。

 ぶっきらぼうだったり哀しい表情をしたり、ふいに見せる笑顔や優しい顔に一喜一憂している自分がいて、この気持ちって"あれ"なのかな?

 もしかして私、海斗さんのことす―…
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