私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
 四つ葉出版社を出て、数十分。

 私は姫川編集長の指示で目の前の景色を覚えるため、辺りをきょろきょろと観る。

 今、私の目に見えている景色。

 それは閑静な住宅街、歩道に植えられている街路樹はそよ風に揺られ、街全体は落ち着きがある雰囲気で、四つ葉出版社の周りにこんな静かなエリアがあったんだと初めて知った。

 そういえば、今まで四つ葉出版社と最寄りの藍山駅までの間しか歩いたことがないっけ。

 それに私がいつも友人と遊ぶときはファッションビルが多く立ち並ぶ街でとても騒がしいけれど、なんでも揃うし不自由なく感じている。

 ファッション部の頃は仕事の参考に便利だからと、よく都心にも行ってたなぁ。

 オシャレな着こなしをしている人は大体がその場所に来るし、お店もころころと入れ替わるから流れる時間のスピードが速い。

 今見えている景色はそんなスピードの速さなんて感じず、"静かに時間がゆっくりと過ぎていく"、そういう言葉が似合うような景色だ。

 いつも自分が見ているのは服だし、こんなにもゆっくりと景色を眺めるなんて初めてかも。

 狭い路地に入ると一軒のカフェがあり、女性客以外にも親子連れやお年寄りがそれぞれ楽しそうにおしゃべりをしていて寛いでいる。

「こんな所にカフェがあるんですね」
「あのカフェは取材で訪れたが、店主がコーヒー豆を海外から取り寄せてるらしく、豆にこだわりを求めてくる客が多いみたいだな」
「今度、あのカフェに入ってみます」

 姫川編集長が歩きながらカフェの説明をしてくれて、今度時間を見つけてそのお店に入ってみようかな。

 私は歩きながら次はどんな景色が見えてくるんだろうか、そんなわくわくとした感覚を覚えた。
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