私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
◇第14章:もう一度海男がいる街へ
 「この街は観光スポット以外に歩いて欲しい場所がある―…っと」

 うーん…これだとありきたりな出だしだよね?

 やっぱり違う気がするし、読者の心を惹きつけるような言葉って難しい。

 宇ノ島の取材と撮影から2週間が過ぎて、印刷会社への提出も迫ってきていると言うのに、原稿の下書きが進まないことにかなり焦る。

 『Clover』は自分の年齢やそれよりも下の年齢を意識した言葉やキャッチフレーズを付けれていたけれど、『Focus』は雑誌の内容からして年齢層が幅広そうだから変なフレーズもつけれない。

 片手で数えられる程度の雑誌編集歴である私の語彙力はこの程度しかないと思うと、姫川編集長や水瀬編集長のような才能が欲しいよ…。

 本当なら宇ノ島での自分の情けなさから降ろされて当然なのに、姫川編集長はチャンスを与えてくれて、それに応えるためにやっているも書いては消しての繰り返しで、一向に季刊の原稿が進まない。

 提出を守れなかった時点で他部署の皆にも迷惑をかけてしまう…、というか今でもかけていることには間違いは無いし。

 やっぱり私はまだ『Focus』の記事で経験を積んでいたほうが良いに違いない。

 あれだけやる気になっていた気持ちが今は急降下になっているのが分かって、今なら姫川編集長に自分の気持ちを話して季刊の記事を書くことを辞退させてもらうのが一番かも…。

 ちらっと姫川編集長の顔色を窺うも、相変わらず眉間に皺を寄せながらパソコンの画面を凝視して、キーボード―をずっと打ち込んでいる。

「用件があるならさっさと言えよ」
「えっ…、あっ…、その…」

 顔を私の方には向けずに姫川編集長に言われ、なんて切り出せばいいかどもってしまった。

「廊下で話を聞いてやるから、行くぞ」
「はい…」

 パソコンの電源を落として、2人で編集部フロアを出て廊下の端に来た。
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