私が恋した男(旧題:ナツコイ~海男と都会男~)
脱衣所のドアを開けると、廊下にいた海斗さんは浴衣姿の私をみてハッとする。

「その浴衣…」
「えっと…浴衣をお借りしました」
「そっか、俺も風呂に入るから、あんたは前に来てご飯食べた時の部屋で待ってて」
「はい、待ってます」
「じゃあ、私はヨシハラのお爺さんとこに行ってくるわ~」

ヒデ子婆ちゃんが茶目っ気たっぷりに言いながら家を出ていき、気を遣わせちゃったな。

「まぁ…、その、風呂に入る」

海斗さんはそそくさと脱衣場に入り、私は和室で待つことにした。

佐々原家の和室にぽつんと1人で座っていると和室の壁にかけてある時計の針の音と、自分の心臓がドキドキする音がシンクロする。

「待たせた」

襖が開くと、甚平を着た海斗さんが立っていた。

今までゴムのつなぎの漁師姿か海の家で働いている時の姿しかみたことがないから、海斗さんの違った一面にドキッとする。

「変か?」
「いいえ、凄く似合ってます!」
「良かった、父親の甚平だけどサイズは丁度みたいだ」
「とても素敵です」
「あんたも、似合ってる」
「ありがとうございます」

海斗さんが嬉しそうに褒めるから、私は頬を緩むのを抑えるのに必死になる。

「せっかくだから、縁側にいこう」
「はい」

私たちは縁側に移動して、海斗さんは雨戸を全部動かして収納スペースに入れると縁側から見えたのは、あの時私が佐々原家に来て深夜に海斗さんと見た時と同じ景色だ。

空は夜で海も暗いけれど、月の光で海が所々キラキラと星のように輝いていて、私たちは縁側に座り、目の前の海を眺めながら、今なら、今なら聞けるような気がする。

「海斗さん、聞いてもいいですか?」
「いいよ」

うう…、緊張する。でも聞くためにここまで来たんだもん。

「私が書いた記事を、読んだっていいましたよね?」
「ああ。昨日、兄ちゃんが突然来て本を渡してきた。それであんたが書いたページを読んで、『何も感じなかったら俺が九条と付き合うから』と兄ちゃんが言った」

 また姫川編集長は、無茶苦茶なことを…。

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