私が恋した男(旧題：ナツコイ～海男と都会男～)

『電車が発車します、ドア付近にお立ちのお客様は―…』

　アナウンスと同時にドアが締まり、電車が静かに動き始めた。

「ま、間に合いましたね」
「危なかったな」

　お互いゼーゼーと息切れして、デッキで呼吸を整える。

　こんなに走ったのって、四つ葉出版社に入ってからはしたことがないかも。

　それと…、姫川編集長がまだ私の手を握ったままでいるのはどうしたらいいのかな？

「どうかしたか？」
「その…、何と言いますか……」
「すまん」

　歯切れ悪く返事をしながら視線を手の方に動かすと、姫川編集長は私の手を繋いでいたことに気づき、パッと離した。

「いいえ、電車に乗り遅れるとマズイですから」
「到着までかなり時間がかかるから、座るぞ」
「はい…」

　姫川編集長はモジャモジャの髪の毛を掻きながら先に指定席の車両に向かい、私は姫川編集長に握られていた手にもう片方の手で触ると、握られていた手にはまだ姫川編集長の手の温もりが残っている。

　電車に乗り遅れるとマズイから握られただけなのに、こんなにもドキドキしていて、変に意識しちゃうと駄目だ、此れから仕事なんだからと意識を改め、姫川編集長の元に向かった。