ハニーと吸血鬼(ヴァンパイア)
「こーら」
コツン、と額が重なる。
それから軽く「ちゅ」と唇を吸われた。
「鈍感な上に疑うことを知らない無邪気さと純真さ、ね…。ねぇ、ひとつだけ約束してくれる?」
「何ですか?」
「アタシ以外の男性とはこんなに近づいたりしちゃダメよ?っていうより、世の中の男はみーんなケダモノだと思って警戒して近寄らないこと」
「はい」
と返事をしてみるけど、そもそも私に近づく男性なんて今までいなかったし、これからも現れないと思う。
シルヴィ様以外は。
なんといっても私は貴族令嬢としては規格外。
社交場に顔を出してもいないから存在すら忘れ去られている可能性が高いし、今後そういった場所へ出ることがあるとしても私から近づくことはないし、寄って来る相手がいるとも思えない。
こんなふうに興味を持たれたのなんてシルヴィ様だけなのよ?
それだって私が運命の相手で魔界の鍵で、一人にしておくと危険がつきまとうから、シルヴィ様が守ろうとしてくださっていて、だからこうして出会って一緒にいるわけで…
「って、ちょっとハニーちゃん?思考がネガティヴになってるわよ。ここにシワなんか寄せちゃってもう」
彼の骨ばった長い指先が眉間をなぞるのがくすぐったい。
シルヴィ様は少しの間するするとそこを撫でると、今度はぎゅっと、包み込むように私を抱きしめた。
直後に深いため息。
ん?
どうしてそんなに落胆したような溜息をつくの?
「あのねぇ、義務や責任感だけでアタシがこうやって一緒にいると思ってる?こんなふうに抱きしめるのも、ん、ちゅ、んー、ってこうやってキスするのも、アナタが運命の相手で魔界の鍵だからだって?そうじゃなかったらこうしてないとでも言いたそうな物言いなんだもの、さすがのアタシも泣きたくなるわよ」
語気を荒くしてシルヴィ様はそう言いながらうなだれた。
それから再び深く、貪るように唇を重ねてくる。
呼吸を奪うように、唇すべてを覆うように、何度も何度も、軽く啄むだけと見せかけながら甘い蜜をまとった舌で口内を探り、どうしていいか分からずに戸惑う私の舌をすっかり絡め取った。
ん、んんッ、ふあっ、はあ、っ。
どうやって呼吸すればいいかわからない。
それに爽やかな甘い蜜は勝手に私の喉を伝って全身に行き渡っていく。
おかげで頭はふわふわし始めるし、鳩尾の辺りはじわじわと熱を持ち始めて、心臓が強い鼓動を奏でる。
突然の口づけはそれまでとは全く別の、ひどく激しく羞恥心を煽る行為で、一体何をどうされているのか分からないくらい思考は停止。
ただシルヴィ様の唇や舌の動きに促されるまま反応するだけ。
シルヴィ様…怒ってるの?
それとも私、貴方を傷つけてしまった?
ごめんなさい。ごめんなさい、シルヴィ様。
私…
「っん、は、んちゅ…っはぁ」
不意に口づけが止んだ。
生理的に浮かんだ涙で視界がぼやける。
その先でじっとこちらを見つめる濃い紫色の瞳。
「実感がないならこれから何度だってこうやって教えてあげる。例え運命の相手が本当は別にいる、って言われてもアタシはアナタを選ぶわ。アタシはアナタが好きなの。アナタじゃなきゃダメ。アタシはね、ハニーちゃん、アナタが相手だから魔王になる覚悟を決めたの。もし他の人間が鍵だったら、ここまでのめり込んだりしなかったわ。アナタだけが特別なの。それは解って。いいわね?」
言い聞かせるような、懇願するような、そんな、懸命で熱い感情がぶつけられる。
浮遊感に包まれた私はまるで熱に浮かされているみたい。
目の前の瞳をそっと見つめ返す。
奥の方まで覗き込んでも、そこに不純なものなどなにもない。
ただひたすらに私の心まで見つめている様な真っ直ぐな視線。
伝えられた熱と体中を駆け巡る不思議な疼き、全身を電流が流れていくようで心まで痺れてしまう。
コクン、と静かに私は頷く。
シルヴィ様の思いは予想外に強く、深い。
…どうして…そんなに私を想ってくれるの?
そう思いながらも彼の感情がくすぐったくも心地いい。
「言ったでしょう?思いっきりアタシに可愛がられなさい、って。つまりこういうことよ。まだまだ序の口だけどね?」
序、の口…。
本気を出したらこれ以上、ってこと?
それって一体、どうなっちゃうの?
「知りたいなら今すぐにでも教えてあげるけど、覚悟はいい?」
「え、っと、いえ、まだ、ちょっと、早すぎるかなって」
「そーお?じゃあじっくりゆっくり教え込んであげるわね。ふふー、楽しみだわっ」
シルヴィ様は両手をパンっと合わせて嬉しげに笑う。
その仕草に一抹の不安を抱いたのは、言うまでもない。
続く
コツン、と額が重なる。
それから軽く「ちゅ」と唇を吸われた。
「鈍感な上に疑うことを知らない無邪気さと純真さ、ね…。ねぇ、ひとつだけ約束してくれる?」
「何ですか?」
「アタシ以外の男性とはこんなに近づいたりしちゃダメよ?っていうより、世の中の男はみーんなケダモノだと思って警戒して近寄らないこと」
「はい」
と返事をしてみるけど、そもそも私に近づく男性なんて今までいなかったし、これからも現れないと思う。
シルヴィ様以外は。
なんといっても私は貴族令嬢としては規格外。
社交場に顔を出してもいないから存在すら忘れ去られている可能性が高いし、今後そういった場所へ出ることがあるとしても私から近づくことはないし、寄って来る相手がいるとも思えない。
こんなふうに興味を持たれたのなんてシルヴィ様だけなのよ?
それだって私が運命の相手で魔界の鍵で、一人にしておくと危険がつきまとうから、シルヴィ様が守ろうとしてくださっていて、だからこうして出会って一緒にいるわけで…
「って、ちょっとハニーちゃん?思考がネガティヴになってるわよ。ここにシワなんか寄せちゃってもう」
彼の骨ばった長い指先が眉間をなぞるのがくすぐったい。
シルヴィ様は少しの間するするとそこを撫でると、今度はぎゅっと、包み込むように私を抱きしめた。
直後に深いため息。
ん?
どうしてそんなに落胆したような溜息をつくの?
「あのねぇ、義務や責任感だけでアタシがこうやって一緒にいると思ってる?こんなふうに抱きしめるのも、ん、ちゅ、んー、ってこうやってキスするのも、アナタが運命の相手で魔界の鍵だからだって?そうじゃなかったらこうしてないとでも言いたそうな物言いなんだもの、さすがのアタシも泣きたくなるわよ」
語気を荒くしてシルヴィ様はそう言いながらうなだれた。
それから再び深く、貪るように唇を重ねてくる。
呼吸を奪うように、唇すべてを覆うように、何度も何度も、軽く啄むだけと見せかけながら甘い蜜をまとった舌で口内を探り、どうしていいか分からずに戸惑う私の舌をすっかり絡め取った。
ん、んんッ、ふあっ、はあ、っ。
どうやって呼吸すればいいかわからない。
それに爽やかな甘い蜜は勝手に私の喉を伝って全身に行き渡っていく。
おかげで頭はふわふわし始めるし、鳩尾の辺りはじわじわと熱を持ち始めて、心臓が強い鼓動を奏でる。
突然の口づけはそれまでとは全く別の、ひどく激しく羞恥心を煽る行為で、一体何をどうされているのか分からないくらい思考は停止。
ただシルヴィ様の唇や舌の動きに促されるまま反応するだけ。
シルヴィ様…怒ってるの?
それとも私、貴方を傷つけてしまった?
ごめんなさい。ごめんなさい、シルヴィ様。
私…
「っん、は、んちゅ…っはぁ」
不意に口づけが止んだ。
生理的に浮かんだ涙で視界がぼやける。
その先でじっとこちらを見つめる濃い紫色の瞳。
「実感がないならこれから何度だってこうやって教えてあげる。例え運命の相手が本当は別にいる、って言われてもアタシはアナタを選ぶわ。アタシはアナタが好きなの。アナタじゃなきゃダメ。アタシはね、ハニーちゃん、アナタが相手だから魔王になる覚悟を決めたの。もし他の人間が鍵だったら、ここまでのめり込んだりしなかったわ。アナタだけが特別なの。それは解って。いいわね?」
言い聞かせるような、懇願するような、そんな、懸命で熱い感情がぶつけられる。
浮遊感に包まれた私はまるで熱に浮かされているみたい。
目の前の瞳をそっと見つめ返す。
奥の方まで覗き込んでも、そこに不純なものなどなにもない。
ただひたすらに私の心まで見つめている様な真っ直ぐな視線。
伝えられた熱と体中を駆け巡る不思議な疼き、全身を電流が流れていくようで心まで痺れてしまう。
コクン、と静かに私は頷く。
シルヴィ様の思いは予想外に強く、深い。
…どうして…そんなに私を想ってくれるの?
そう思いながらも彼の感情がくすぐったくも心地いい。
「言ったでしょう?思いっきりアタシに可愛がられなさい、って。つまりこういうことよ。まだまだ序の口だけどね?」
序、の口…。
本気を出したらこれ以上、ってこと?
それって一体、どうなっちゃうの?
「知りたいなら今すぐにでも教えてあげるけど、覚悟はいい?」
「え、っと、いえ、まだ、ちょっと、早すぎるかなって」
「そーお?じゃあじっくりゆっくり教え込んであげるわね。ふふー、楽しみだわっ」
シルヴィ様は両手をパンっと合わせて嬉しげに笑う。
その仕草に一抹の不安を抱いたのは、言うまでもない。
続く