ひつじがいっぴき。
あまりにもドクドクうるさいわたしの心臓。
そのおかげで呼吸することさえも難しくなったわたしは口を閉ざす。
すると、井上先生も黙ったきりになってしまった。
それって、井上先生はわたしに幻滅したのかも……。
ちょっとしたことでさえも眠れなくなるわたしを面倒くさい奴だって思ったのかも。
こんな煩(ワズラ)わしい子供を相手にするんじゃなかったと――。
どうして眠れないのかなんて訊かなきゃよかったと、そう思われているのかもしれない。
ひょっとして『アラタ』さんと同じ声をした人だというだけでこのことを話したのは大きな間違いだったのかも……。
わたしは顔をうつむけた。
だけど沈黙している井上先生が気になる。
臆病者なわたしはうわ掛け布団の上から視線だけを移し、先生の顔色をうかがった。
そうしたら、井上先生はグレーのスーツの懐からメモ帳とボールペンを取り出したのが見えた。
サラサラと、ボールペンが紙をなぞる音が聞こえる。
先生はいったい何を書いているんだろう。
気になったわたしは視線だけじゃなくて、顔ごと上げて井上先生を見た。
そうして沈黙を破ったのはわたしじゃなくて、井上先生だった。
「これ、俺の電話番号。俺でよかったら電話してくるといいよ。
眠る前でもいいし、ヒマな時でもいいから」