ひつじがいっぴき。
☪気づいたきもち。
その日の放課後、わたしは日直で日誌を書いていた。
生徒がほとんど帰ってしまった中、書き上げた日誌を職員室に届ける時のことだ。
「新(アラタ)先生、ここがわからないんです。教えてください」
職員室のドアの前までやって来たわたしは、井上先生を呼ぶ女子生徒数人の声にたじろいだ。
なにせわたしは他人と話すのが苦手。
人が多いのも苦手だ。
でも、たじろいだのはそれだけじゃない。
井上先生のことを、下の名前で呼んでいたから……。
井上先生と夜、眠る前に電話で話すようになって1週間が経つ。
それなのに、わたしは先生のことを下の名前で呼んだことがない。
だけど、女の子たちは先生と大して仲良くないのに下の名前で呼んでいる。
わたしだって井上先生のことを下の名前で呼びたい。
でも、突然名前で呼んだら何事かと不審に思われるかもしれない。
それに、わたしみたいな地味な奴がカッコよくて優しい先生のことを名前で呼ぶのはかなり失礼だ。
これって、ジェラシーっていうものかな?
「あっ、その手紙なに? ラブレター? もしかして彼女から?」
そんな気持ちをふつふつと感じていたわたしの耳に黄色い声が届いた。
先生の周りを囲んでいた女の子たちは何かを見つけたらしい。
――彼女。
女の子たちのその言葉にわたしの心臓がドキンってした。