ひつじがいっぴき。
「えっ!?」
それって、どういう……?
パチパチとまばたきをしたら、最後の涙がポロリと落ちた。
それと同時にゆがんだ視界はまたゆっくりと元に戻り、鮮やかな世界へと変化する。
「だって、君の口から出るのはいつだって『アラタさん』だったから……。
そりゃね、君の窮地を救ったのはアラタだけどね。
それでも俺と話しているのに、パーソナリティーのアラタばかりが君の頭の中にあるんだって思うと癪(シャク)に触った。
君は俺よりもアラタの方が好きなんだとそう思ったら、どうしても打ち明ける気になれなかったんだ……」
顔をくもらせてそう言った先生は拗ねているようで、とても可愛らしかった。
……先生はわたしのことを想ってくれている。
そう思うと、嬉しいっていう気持ちと同じくらいとても恥ずかしくもなる。
先生の顔を見れなくてうつむけば……。
だけど先生はわたしを逃してくれなかった。
人差し指でわたしのあごをもう一度持ち上げて――――。
「君は知らないでしょう? 『井上先生』って君が俺のことを呼ぶたび――。
その小さな唇が動くたび、どうしようもないほど胸をかきたてられるのを……」
「せんせ……ん……」
井上先生って呼ぼうとしたら、わたしがかけていたメガネが奪われた。
そのすぐあとで、口が塞がれる。
わたしの口を塞いだのが何かはもう知っている。
だって、さっきも重ねたから……。