桜まち 
落し物



  ―――― 落し物 ――――



「あっ。落ちましたよっ」


慌しくざわついたラッシュ時の駅舎内は、混雑極まりない。
誰もが先へ先へと急いでいる中、ちょっと声をかけたくらいじゃ振り向いてももらえない。
そもそも、みんな急いでいるから自分が呼び止められている、なんて気がついてもいないんだろう。
いや、気づいていてもそれどころじゃない。といったところかな。

運よくというか、落とし主は、私がいつも乗る電車と同じホームを目指していた。
なもんで、拾ったそれを握り締め、私は落とし主の背中を追ったんだ。

駆け下りる階段。
流れにうまく乗り、人の間をすり抜ける。

途中、あんまり慌てすぎてヒールが、グキッなんてことになって足首がやばかったけれど、何とか体制を整えた。

私って意外と運動神経がいいのかも。

悦に入ったあと、落とし主の背中に追いつき、思い切って大きく声をかけた。

「あのーっ」

人波をかき分けた声が届いたようで、ようやく相手が振り向いてくれた。

身長一八〇センチ以上。
中肉中背。
磨き込まれた黒の革靴。
スーツの袖から覗く、ごついけれど上品な腕時計。
そして、ビシッと決まっている細身のスーツ。
鞄もシンプルだけれど、おしゃれな物を持っている。

何、この人。
モデル?

いやいや。
モデルがこんなラッシュの電車に乗るわけないよね。

いやぁ、それにしてもよくできた顔の造り。

ううん。
顔だけじゃなくて、スタイルもいいから余計に目を惹くのよね。

だって、足、長っ。


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