桜まち
櫂君が何故私にそんなことを頼むのかというと、母方のうちのお祖母ちゃんは、ちょっとした地主なのだ。
今住んでいる私のマンションも、お祖母ちゃんの持ち物になる。
おかげで家賃は、ただ。
そのかわり、近所にある、これまたお祖母ちゃんの持ち物なのだけれど、個人経営のコンビニを会社が休みの時にはたまに手伝わされたりする。
当然、無時給だ。
けど、コンビニの手伝いなんてそれほど忙しいわけでもないし、新商品の入荷の時は、ちょっとワクワクしたりする。
こんなお菓子が出るのね。
なんて、発注書をペラペラ捲りながら、勝手に注文を入れてあとから叱られたこともあったな。
そういえば、それ以来手伝ってって言われてない気がする。
余計なことばかりしでかすから、おちおち手伝いもさせられないと思われているのかもしれない。
まぁ、それならそれでいいや。
「なんにしても。会社でもお互いの顔を見るのに、帰ってからも顔を見るようなことになるっていうのもなんじゃないの?」
「いいじゃないですか。僕は四六時中菜穂子さんの顔を見ることになったって、全然構いませんよ」
そんなことを言いながらも、櫂君の口元がなんとなく緩んでいるのは気のせいでしょうか?
「噴出しそうなのを我慢してない?」
「あ、バレました?」
ケタケタと、声を上げて櫂君が笑う。
イケメンには似合わず、大きな口を盛大に開けた豪快な笑い方だ。
けど、その清々しいまでの笑い方が、私は結構好きだったりする。
だって、本当に楽しそうに笑ってくれるから、こっちも自然と楽しくなってくるんだもん。
「同じマンションに越してきて、お醤油借りに来たりしないでよ」
「それ、いつの時代ですか?」
「ちっ。ジェネレーションギャップか」
ケタケタ笑う櫂君を見て、私もクスクス笑う。
まぁ、飲み仲間が近くに住むっていうのは、ちょっといいかもなぁ。
暇な時に訪ねて行ったら、櫂君なら快く相手してくれそうだし。
都合のいいことばかり考えて、私はつまみを口に放り込んだ。