桜まち
それにしても、煙草を吸っている姿も素敵だなあ。
煙に目を細める表情なんて、渋いじゃないのさ。
普段は、チノパンなんて履かれるのですね。
足元は、スニーカーですか。
上着の中に何を着ているのか見えないのが残念です。
ラフにプルオーバーですかね?
それとも寒いので、ニットですか?
「なに?」
「え?」
「さっきからずっと見てるから」
「あ、いえ。別に」
ただ、見惚れていただけです。
なんて言えないけれど。
「川原さんて、意外と人気あるんだね」
「はい?」
望月さんは、エントランスの外に設けられている灰皿に煙草をもみ消すと、中に入りエレベーターへ向かって歩き出す。
意外とは?
意外の意味を深く考えることもなく、降りてきた箱に一緒に乗り込めば密室という状況に頬が緩んでいく。
むふふの空間です。
すぐ傍からふわりと漂う煙草の残り香がたまりません。
このままずっと、この小さな箱の中で一緒にいたいなあ、なんて。
しかし、夢は儚くも直ぐに砕け、あっという間の三階です。
部屋に向かって数歩歩いてから望月さんはふと立ち止まり、渡り廊下にせり出している冬枯れした大きな木を見た。
「そういえば、この木って桜だよな?」
「はい」
「ああ、やっぱり。よかった」
よかった?
安心したような顔をする望月さんを横に、何故よかった、なんだろうと首をかしげる。