桜まち
「ほら。この前の彼は?」
「彼? ああ、もしかして、櫂君ですか?」
「酔ってた彼、櫂君て言うのか。あの彼、川原さんに気がありそうじゃん」
少しからかい気味に言うと、煙草を一口吸う。
その後吐き出した煙が、息の白さと混じって空に消えた。
「それ、勘違いですよ。櫂君が私なんかに気があるわけないじゃないですか」
おかしくてクスクス笑うと望月さんは、どうかな。なんて肩をすくませている。
「私が好きなのは、望月さんなんですよ」
どさくさ紛れに、さりげなくまた告白してみる。
ストーカー騒ぎのときに続く、二度目の告白だ。
「そうだった。俺のこと、想ってくれてるんだったっけ」
望月さんは、少しおかしそうに笑っている。
なんか、冗談みたいに取られてない?
本気なのにな。
拗ねてしまいそうだ。
まー、ストーカーと誤解されたままより、今の方がずっといいか。
「会社で、クリスマスと忘年会を兼ねたパーティーがあるんです。それでたまにはちょっとおしゃれしてみようかなと思いまして」
「へぇ」
それほど興味もわかないのか、そういっただけで会話が終わってしまった。
それからも少しの間、望月さんは葉もない枝だけの寒そうな桜の木を見ていた。
私もなんとなくそのままそばにいて、桜の木を眺める望月さんを見る。
煙草を吸う姿はやっぱり素敵で。
この前はチノパンだったけれど、今日はジーンズで、その姿がこれまたよく似合っていた。
スタイルや顔のいい人は、何を着ていてもかっこいいな。
ぼんやりと見惚れていると、望月さんが煙草を吸い終わり、深く息をつく。
「寒いな」
ポツリもらした感想が、なんとなく寂しげに感じた。
「ええ。風邪、引いちゃいますよ」
「風呂に入って、寝るかな」
クルッと踵を返すと、ポケットから鍵を取り出す。
私も自分の部屋へ一歩足を向けた。
「あ、川原さん」
ドアを開け、体を半分中へ入れた状態で、望月さんが私を呼んだ。
「あんまり綺麗になってて、川原さんだって、最初わかんなかったよ。お休み」
そんな言葉を残して、望月さんは家の中に入っていってしまった。
「お、お休みなさい」
冬の夜は凍りつきそうなくらい寒いはずなのに、望月さんの一言で私の体は夏真っ盛りになった。