桜まち
「風邪引きますよ。戻りましょう」
そういって、櫂君が座っている私の手を取り、立ち上がらせる。
櫂君の手、あったかい。
握られた手に温かさが伝わって、今までの寒さが少しだけど和らいだ気がした。
櫂君に手を引かれるままに廊下へ戻ると、暖かさのせいかなんだか体の力が抜けて足元が覚束なくなってしまった。
そのまま、ヒールを巧く操れなくて、こけそうになってしまう。
「うあっ」
慣れないヒールで足元がぐにゃぐにゃとなりながらも、グラスの液体を零さないようにとそこにだけには神経がいった。
そんな私を、櫂君が受け止めてくれた。
「大丈夫ですか? ちょっと飲みすぎじゃないですか?」
櫂君の腕の中で叱られている私は、なんだかそれが心地よくて、このまま目を閉じたくなってしまう。
なんて言うか、寝心地のいいソファみたいな感じ。
ああ、そういえば。
前に、大きなぬいぐるみみたいだな、って思ったこともあったっけ。
受け止めてもらった体を立て直すこともできず、櫂君の胸の中で少しの強がり。
「ヒールが新しいからだよ」
言い訳してみたものの、ヒールの歩き難さもさることながら。
さっきのワイン一気飲みが効いていない筈がない。
胃に何も入っていないだけに、アルコールの効き具合もはんぱないんだ。
ついでに言えば、このジンも効いているんだろう。
グラスにあと少し残っている透明な液体をマジマジと見ながら、もったいないなと一気飲み。
「くぅ~っ。炭酸きくぅ~」
ふざけたようにしていると、何言ってるんですかと櫂君は呆れながらも私を支えたまま歩いていく。