桜まち
「お酒はそれくらいにして、あそこに座りましょう」
持っている私のグラスを手にした櫂君は、クローク近くにいくつか置かれている高級そうなソファーへ導いてくれる。
ストンと、座ると柔らかなクッションが優しく抱きとめてくれた。
座り心地がよすぎだわ。
櫂君とどっちが心地いいかな?
櫂君とソファーが家にあったら、恰好の転寝場所になるだろうな。
アルコールにやられた脳内が、よく解らない比較をしていた。
今日は新し物尽くめで気を張っていたせいか、櫂君とソファーに抱きとめられたら安心してしまって一気に疲れが押し寄せてくるよ。
「眠い……」
「え……。こんなところで寝ないで下さいよ」
櫂君が困ったような声で言っていても、瞼の重さに耐えられそうもない。
新しいヘアスタイルを整えるのに、いつもよりずっと早起きしたのも影響している。
私が座るソファの前にしゃがみこんだ櫂君は、それでも心配そうに声をかけてくれる。
気持ち悪くなったりはしてませんか? とか。
お水持って来ましょうか? とか。
さっきとは違って、優しく声をかけてくれるものだから、それがなんだかあんまりに良心的すぎて、会場での自分の態度の酷さに申し訳なくなってきた。
何をあんなにイラついてしまったのか解らないけれど、何もあんな言い方しなくてもよかったよね。
同期なんだから、仲良くしていたって何も不思議じゃないじゃない。
そもそも櫂君はモテモテ君なんだから、あんなことになるのはお酒の席では目に見えてること。
櫂君にとって、あれは日常の中のひとコマなんだよね。
そんな櫂君の日常に、先輩だからって怒る理由なんか何もないじゃない。
変なの、私……。
重い瞼を持ち上げられないままつらつらとそんなことを考え、私は櫂君へ謝った。
「さっきは……ごめんね……」
「え?」
「なんか、言い過ぎたと思って……。だから、ごめん……」
「いいえ。気にしてませんよ。僕もちょっと熱くなりすぎましたし。お互いにお酒のせいってことにしておきましょう」
優しく言うと、櫂君が私の手に手を重ねる。
「櫂君の手、あったかいね」
「菜穂子さんの手は、冷たいです。さっき外に出たから冷えちゃったんですね」
櫂君は、私の手を両手で包み込み、自分のあったかい体温で私に温もりを分け与えるようにしてくれる。
それは、なんだかとっても頼りがいのある、優しい手のぬくもりだった。