桜まち
「肩貸すよ」
立ち上がった望月さんが言って、私の手をとった。
私は、余りにおこがましくて、サッと手を引いて遠慮する。
「だっ、大丈夫です。そんな、望月さんの肩なんて、借りられません」
「何言ってんだよ。あ、ストーカーなんてもう思ったりしないし、遠慮すんな」
望月さんがもう一度私の肩に手を回そうとしたけれど、サッとまたその手から逃れた。
それはさっき訊いた大学の時の彼女の話が、瞬時に頭の中を過ぎったからなのかもしれない。
望月さんの心の中にまだいるその彼女に、申し訳ない気持ちになってしまったんだ。
ううん、違うかな。
私じゃその彼女に勝てる気がしなくて、戦う前から逃げてしまったのかもしれない。
それから、私は徐に両方のヒールを脱いでみた。
「夜だし。裸足で歩いてても誰も見てませんから、こうして帰ります」
買ったばかりの新しいヒールを両手で持って笑って見せると、強がりすぎだ。と笑われた。
確かに、ヒールを脱いで歩くと痛みはないけれど、冬のアスファルトの冷たさに、さっきラーメンで温まったはずの体が一気に冷えていった。
冬のアスファルトが、こんなにも冷たいとは思わなかった。
痛みはなくても、こんな都会で凍傷になるかもしれない。
強がるのも結構大変なんだね。
足の裏に伝わる、コンクリートの硬い感触と冷たさが身に沁みて、思わずブルッと身震いしてしまう。
その瞬間、ひょいっと私の体は持ち上がり、気がつけば望月さんに抱き上げられてしまっていた。
「夜だし。抱っこされていても誰も、見てないから平気だろ?」
笑いながら言う望月さんの顔を至近距離で見上げながら、一瞬、何が起きたかわからなくて私は固まってしまった。
その僅か数秒後に、どんな事態が起きているかを把握する。
「えっ!? うそ……」
望月さんは、私の体を軽々とお姫様抱っこして、何の躊躇もなくマンションへ向かって歩き始めてしまった。
私は裸足でヒールを抱えたまま望月さんに抱えられ、余りの衝撃に一人慌てふためいてしまう。