桜まち
「薬、飲めますか?」
訊かれて頷いたけれど、渡された錠剤を口に含んだら喉に引っかかってなかなか旨く飲み込めない。
何度も水を口に含んでようやく飲み込むと、力尽きたように私はまた布団に倒れこんだ。
「少ししたら効いてくると思いますから」
優しく言って、櫂君が目元にかかる前髪に触れる。
そのしぐさが、昔母にしてもらったのに似ていて、心臓のあたりが懐かしさにきゅっとなった。
祖母が居たとはいえ、母は女手ひとつで私を育ててくれた。
実家で暮らすよう祖母は何度も母に言っていたらしいけれど、母はなかなかうんといわず、私たち母子はずっと二人で暮らしていたんだ。
当然、母は仕事に追われ、私は一人になることが多かった。
けれど、私が小学生の頃に酷い高熱を出した時、忙しいはずの母はずっとそばに付き添っていてくれた。
その時の母の、見守るような優しい眼差しとそっと髪の毛を払うしぐさが今の櫂君と重なったんだ。
なんて優しくて、暖かな手なんだろう。
櫂君が居てくれてよかった。
櫂君が居なかったら、心細いまま一人で風邪と戦わなきゃいけなかったよね。
本当にありがとう。
櫂君の目を見たまま、心の中て櫂君の存在に頭が下がる思いでいると、その瞳が三日月になる。
「目、閉じて大丈夫ですよ。僕、まだ居ますから」
そういってくれることがとっても心強くて、なんだか泣きそうになってくる。
風邪を引くと心が弱るのはよくあることだけれど、櫂君が居てくれると思うといつも以上に人恋しさに沁みて涙腺が緩んでしまうんだ。
ありがとう。
また声にならなくて、私は口の形だけで櫂君にお礼をいい、瞼を閉じた。