桜まち
そういって私が握っていたグラスを取り上げると、チーズを口に放り込まれた。
「おいし」
「さっきから何も口にしないでガンガン飲んでるから、心配になるよ」
「そうでしたっけ?」
自棄酒話に夢中になって、無意識にワインだけをひたすら体内に流し込んでいたらしい。
せっかく買ってきたチーズやお肉も食べなくちゃ、もったいないよね。
「この生ハム、たまに買うんですけど。美味しいですよ」
フォークで生ハムを刺して胸元あたりに持ち上げて見せる。
すると。
「どれどれ」
望月さんは、そういって私が刺したその生ハムにパクリと食いついた。
「あっ。私の生ハム~」
「うん。うまい」
悪気のまったくない顔で、美味しそうに生ハムを食べる顔はやっぱり素敵で。
なんなら、お皿に乗ってる生ハム全部食べてください。と献上したくなるくらいだ。
それにしても。
「櫂君て、本当にもてるんですよ。会社の女の子の半分は櫂君目当てなんじゃないかってくらいです」
「それは、言い過ぎだろ」
望月さんは、大袈裟だ、とクツクツ笑っている。
だけど、そんなことはないって私は思う。
「だって、入社当時なんて、櫂君見たさに女性社員がうちの部署に押しかけてきていて、部長も困り顔だったし。私なんて、席が隣で教育係なんてやらされちゃったから、みんなから目の敵にされていたんですよ。今は大分落着いてきてますけど、それでも。あっ、そのさっきの佐々木さんなんて。私のこと、すんごい目で見るんですから。恐い、恐い」
私は少しわざとらしく自分の両肩を抱き、恐さをアピールした。
「で、その櫂君は、そんな時どうしてるわけ?」
「どうもしません。きっと、ああいう状況に慣れているんでしょうね。周囲のことなんかお構いなしで、他人事みたいにシラーッとしてますよ」
「そっか。川原さんがそんな風に嫌な思いしているのにも、気づいていないのかな?」
「どうなんでしょうね。私もそんなことをいちいち櫂君に言ったりしないので、気がついていないんだと思います」
「我慢してるんだ」
「我慢というか……。余りそういうのを告げ口したりするのは、好きじゃないって言うか。……あ、けど。今、望月さんに愚痴ってますね、私」
思わず苦笑い。