桜まち
シンプル?
―――― シンプル? ――――
どんなことがあってもすぐに眠ることのできる私にしては珍しく、一睡もできずに朝を迎えていた。
昨日の夜。
望月さんにキスをされてから、私たちはなんだかぎこちなくなってしまった。
それまでとても楽しく宴を楽しんでいたというのに、そんなことさえ幻だったみたいに、室内は静まり返ってしまったんだ。
それはきっと、ただキスをしただけじゃそんな風にはならなかったんだろうけれど、二度目のキスを私が拒んだからだと思う。
結局、あの直ぐあとに望月さんは、隣にある自分の部屋へと帰ってしまった。
帰り際、望月さんが何かいおうと口を開きかけたけれど、結局言いたかった事は口にせず。
ただ、お休みとだけ言ってドアの外へと出て行った。
あんなに大好きで、一目惚れして、ストーカーまがいのことまでした相手とのキスだというのに。
一体私はどうしちゃったというのだろう。
浮かれポンチになって、幸せに花を咲かせるのが本当のはずなのに、ちっとも心が弾まない。
それどころか、暗い気持ちになっている。
それがどうしてなのか少しも解らないから、気もちが落ち着かない。
昨日せっかく自棄酒したというのに、少しもすっきりしないどころか、益々モヤモヤが募ってしまったようにさえ感じていた。
出社してからもそれは治らず、私はなんだかどんよりとした物を背中に背負ってフロアに踏み込んだ。
一歩踏み込むと、私の席の隣には、当然櫂君の席があって。
そこには、いつものように既に櫂君の姿が見えていた。
その姿を目にすると、まるで足がすくんだように前に進まない。
櫂君が恐いわけでもないのに、どうしてか櫂君のそばへ行くことができないんだ。
「おい。川原。入口で何やってんだ」
もたもたとしていたら、丁度出社してきた部長に、後ろから声をかけられてどきりとする。
「おっ、おはようございますっ」
「おかしなやつだな。サッサと席に着いて仕事の準備を始めろよ」
部長は、私の横をすり抜けていってしまった。
「解ってるんですけどね……」
小さく零してから観念したように、私はそそっと自席へ向かった。