桜まち 


駆けつけ三杯ではないけれど、素面ではいられなくて一杯目のビールを一気に飲み干した。

「いきますねぇ」

私の飲みっぷりを見て櫂君が、惚れ惚れしますといって笑う。

続いて直ぐにまた一杯を一気に飲み干すと、やっと気持ちが落着いてきた。
というよりも、やっと櫂君の顔をまともに見られる気がしてきた。

「今日は、その、ごめんね……」

うまくまだ目を見られなかったけれど、私は素直に今日一日の態度について頭を下げた。

「なにか、ありましたか?」

櫂君は、そんな私にいつも以上に優しい言葉と表情を見せてくれる。
そんな櫂君が、大きくて広い海や、何処までも続く空みたいに寛大に思えて泣けてくるよ。

私の話を聞く態勢に入ってくれている櫂君へ、少し前までなら喜び勇んでキスのことを訊いて欲しくて話していたと思う。
だけど、今日は少しも訊いてほしいと思わないし。
寧ろ、そのことを知られたくない。

櫂君だって、望月さんの話はつまらないはず。
だって、前に怒ってたもんね。

だから私は首を横に振った。
わざわざ櫂君の機嫌が悪くなるのを解っていて、話す必要なんてないもんね。

「ううん。何も……。何もないよ」
「そうですか」

あんな態度をとったのに、何もないわけないと思っているんだろうな。
なのに櫂君は無理に訊きだそうとすることもなく、ただ穏やかな表情で私を見つめているだけ。

ごめんね、櫂君。

櫂君への申し訳なさに、自然と暗い気持ちになっていく。
そんな雰囲気を回避したくて、何か話題はないかと頭を回転させた。


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