桜まち
「ここに越してきてよかったよ。桜が咲く頃にはもう引っ越すことになると思うけど。何より、俺にとっては、川原さんと出逢えた事が、何よりも貴重な経験だった。まぁ、最初はストーカーかと思って、かなりビビッたけど」
ケタケタと声を上げる望月さんに釣られて、私も笑ってしまう。
振り返ってみれば、なんて最悪な出逢いかただったことだろう。
よくあんな出逢いかたで、こうも親しい仲になれたものだ。
我ながら、感心してしまう。
「色々あったけどさ、川原さんの元気な姿とか、おっちょこちょいなところとか、結構楽しませてもらったよ」
「なんか、褒められているようないないような……」
窺うように見る私を見て、望月さんはまた笑う。
「もう、私の反応見て楽しんでませんか?」
「いやいや。ホント、感謝してるんだ。自分の気持ちってさ、意外と自分じゃ判らなかったりするだろ? それをさ、川原さんと一緒に居たり、話をしたりすることで整理できたり、気持ちに向き合えたりした」
「向き合う?」
「そう。君のおかけで、俺は前に進むことができたんだ。だから余計に思うんだけど」
望月さんはそういうと、私をじっと見て一呼吸おくようにしてから話し出す。
「川原さんも、もう、自分の気持ちに気づいているんじゃない?」
「へ?」
「俺がおせっかい焼くのもどうかと思ったんだけど、川原さんて、結構自覚症状なかったりするからさ。あ、そそうそう。俺、川原さんに置き土産していくから、あとで受け取ってよ」
自覚症状って、私何か病気してたっけ?
しかも、置き土産って、なんだろう?
「ゆかいな仲間君、大切にしてあげなよ」
「櫂君ですか?」
「もう、自分でも気づいてるでしょ」
望月さんは、確信ありげに微笑むと、じゃあ、また。といって部屋に入ってしまった。
首を傾げつつも、言われた言葉に胸の真ん中が反応していることに、私は気づいていた。