桜まち
考える間もなくいると、櫂君が勝手にインターホンに出てしまい、相手に宜しくお願いします。なんていっている。
誰に何をよろしくしたの?
「お隣さんが、越してきたみたいですよ」
ハテナ顔の私に向かって、櫂君が満面の笑みを向けてきた。
「どういうこと?」
わけも判らずいると、櫂君が私の手を引き外に連れ出す。
三階の廊下に出ると、引越し業者の人が忙しなく荷物を運ぶ準備をしていた。
その人たちの方へ、櫂君が徐に近づいていく。
「あ、どうも。藤本です。宜しくお願いします」
業者の人へぺこりと頭を下げると、櫂君は以前望月さんが住んでいた部屋のドアを躊躇いなく開けた。
「え? 櫂君? なに、どういうこと?」
さっきから疑問しか口にしていない私へ、櫂君は確信したような顔で告げた。
「お隣さんは、変な人じゃないみたいですよ」
「へ?」
どうしてそんなことが解るんだろう。
孫の私でも知らない情報を、他人の櫂君が知っているなんて、おかしな話だ。
もしかして、今開けたドアの中に、誰かいるの?
そう思って中を覗き込もうとしている私に、櫂君が満面の笑みを向ける。
「お隣は。どちらかといえば、酒飲み友達のゆかいな仲間といったところです。お醤油、借りに行きますね」
「え? それって、うそ……」
驚く私を櫂君が、してやったりという顔で見ている。