桜まち
「望月さんからの、置き土産です」
それを聞いて、ピーンと来た。
なるほど、そういうことだったんですね、望月さん。
凄い置き土産じゃないですか。
これは、驚きです。
櫂君が言うには、引越しを決めた際に、望月さんは次の入居者として櫂君をお祖母ちゃんへ紹介したらしい。
更に、そのことを口止めまでしていたという、なんとも抜け目のない行動だ。
そして、なんて素敵な置き土産なんでしょう。
驚いて口をあんぐりしたあとは、嬉しすぎてその辺一帯をジャンプしたり走り回りたいくらいの気持ちになった。
「ずごいっ。凄いよ、櫂君! 念願のお部屋に住めるんだね。おめでとう」
張り切って話していると、櫂君が穏やかな表情を向けてきた。
「何より嬉しいのは、菜穂子さんのそばにいつでも居られるってことです」
「か、櫂君」
余りの直球に、体中がぽっぽっぽっぽっと熱を持つ。
「顔、赤いですよ」
「だって、それは、櫂君が――――」
余りにストレートすぎるから、という私の言葉は、櫂君に抱きしめられてしまったという幸せに、遮られてしまった。
「菜穂子さん。大好きです」
応える代わりに、私は胸の中で何度も頷いていた。
だって、今更口にする愛の言葉が恥ずかしすぎて、心臓が止まりそうなんだもん。
こんなにずっとそばにいてくれた櫂君。
いつだって、私の我儘を受け入れて、私を助けてくれていた櫂君。
そのお返しは、お醤油を貸したら赦してくれるのかな?
なんて。
桜舞う四月。
櫂君と見た桃色の景色は、私の宝物になった――――。
おしまい