桜まち
私の住んでいる部屋がある三階の渡り廊下を歩いていると、櫂君が不意に足を止めた。
「うわぁ、ここにも桜の木があるんですね」
マンションの渡り廊下へ向かって、大きな桜の木が枝先をのばしていた。
櫂君がその木を眺めながら、瞳を輝かせている。
桜の木は、隣の一軒家に生えている物なのだけれど、塀を乗り越えて敷地を跨ぎ枝が大きくあちこちに伸びてきていた。
この桜は、春になるとこの廊下を奇麗な花びらで飾ってくれるんだ。
「春になると、ここの桜も凄くいいんだよ」
「でしょうね」
秋も迫ってきている今は、葉も枯れ初めているけれど、本当に素敵な花をたくさんつけてくれるんだ。
「けどね。散ったあとの掃除が大変で。業者に毎回依頼しているんだけど、経費も馬鹿にならないし切った方がいいか、お祖母ちゃんも悩んでいるみたい」
「え? 切るって、この隣の家がおばあちゃんちなんですか?」
「あ、うん。ていうか、お祖母ちゃんは別のところに住んでいて、ここは貸してるの」
「へぇ。この一軒家も貸し物件なんですか。マジ凄いですね」
さっきから感心し続けている櫂君を部屋に迎える。
「おじゃましまーす」
「適当に座って」
グラスの準備をしていると、櫂君がキョロキョロと部屋の中を見回している。
「あんまり見ないでよ。恥ずかしいな」
「あ、すいません。菜穂子さんちに来ることになるなんて、思いもしなかったんで、つい」
「金目の物は、ないよ」
「盗みにきてませんて」
心外ですよ、と櫂君が零して笑う。