桜まち
「いい感じの部屋ですね。日当たりもよさそうだし。けど、一人だと少し広くないですか?」
「うーん、そうだね。ちょっと贅沢なつくりかもね」
ワンLDKの間取りは、その一つ一つが広めに作られている。
おかげでリビングも広々。
「くつろぎすぎ」
大の字で寝転がってしまった櫂君を、グラスを持ったまま真上から見下ろした。
「あ。ピンク。いてっ!」
私に張り手されて頭をさすりながら起き上がった櫂君をひと睨みして、ビールをあける。
「本当に男っ気ないんですね」
部屋を眺めながらビールを口にして、櫂君がなんだか少し嬉しそうに呟いた。
「しかたないでしょ。出逢いがないんだもん。櫂君だって、彼女いないじゃない」
「まぁ、そうなんですけど……。僕の場合は、ちゃんと好きな人がいますから」
「えっ?! 好きな人いるの? 誰? 会社の子? 同期とか?」
私が興味津々で食いつくと、櫂君が苦笑いを浮かべて話を逸らした。
「菜穂子さんこそ。電車の彼はどうしたんですか?」
「どーもこーも。何にもないわよ。てか、朝ホームで見掛けるだけの人と、何か進展があるっていう方が凄くない?」
「それは、菜穂子さん次第じゃないですか?」
「本気かどうかってこと?」
私が訊ねると深く頷いている。
「一目惚れなんて初めてのことだしねぇ。見掛けた朝は、ラッキー。なんて浮かれるしドキドキもするんだけど。なんて言うか、現実味がないのよね。こう、話をしたり、触れたりっていうのができない分。二次元的な?」
「アニメですか?」
そっちに走らないでくださいよ、と櫂君がケラケラ笑っている。
「今度、話しかけてみよっかなぁ……」
「マジですか?」
「櫂君が消し掛けたんじゃない。本気かどうかって」
「いや、確かにそうなんですけど」
何故だか困った顔をする櫂君。
しかし、なんて話しかければいいものやら。