桜まち 


私が首をかしげていると、少しだけ照れくさそうに彼が話し出す。

「結構前に、定期拾ってくれたの、あんただよな?」

おっ、憶えていてくれたんだ。
というか、思い出してくれたんだ。

私は、一筋の光が見えた気がして、ぱあーーッと表情を明るくした。

「そうです。はい、私です。ラッシュの中の混雑にもめげずに定期を拾ってお届けしたのは、私です。それで、つい一目惚れをっ!」

あ……。
櫂君、わたくし川原菜穂子は、勢いついでに告白してしまいました。

どうしましょう!?

えーっと。
空白の時間です。
互いに目を見たまま固まってしまいました。

私の場合は、勢い余って告ってしまったという動揺。
彼の場合は、多分ですが。

お前、やっぱりストーカーじゃないかっ!!

というところでしょうか……。

数秒後、はっと我に返ったような彼、モチヅキアツヒロさんは、ぶっきら棒に“これ、引越しの挨拶”とタオルらしき軽い箱を私に力強く押し付けると、逃げるように隣のお部屋へと帰っていってしまったのでした。

チャンチャン。

櫂くーーん、どうしよぉ~。





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