桜まち
「櫂君。お疲れーっ」
櫂君への挨拶もそこそこに、定時きっかりにそわそわと立ち上がると、ちょっと待って、とばかりに引き止められた。
「ごめん。急いでるんだ」
「何か予定ですか?」
「予定っていうか……」
私が一刻も早く帰りたくて慌てているのに、櫂君はやたらとのんびりした口調で私を引き止める。
「お祖母さんの所へでも行くんですか?」
「ううん。違うんだけどね。ちょっと早く帰りたい理由があって……」
語尾を濁すと、櫂君の目がキラリンッと光った。
「もしかして、菜穂子さん。早く帰る理由って、隣の様子を伺いたいからとかいわないですよね?」
若干威圧的に感じるのは、それが図星だからでしょうか。
「えーっとぉ……」
正直者の私は、うまく嘘もつけずに頬が引き攣ってしまう。
「当たりですね」
櫂君は確信を得たと認識すると、深い深い溜息を零した。