桜まち
「本当は、誕生日とかの方が、こういうお店に来るにはいいんでしょうけど。菜穂子さんの誕生日って、四月だから。まだまだ先だし」
「そうだね。って、よく私の誕生日を知ってるよね?」
「えっ……。あー、それは、ほら。何でも屋の総務第二課の宿命ですよ。社員の事はある程度把握していますから」
「相変わらず凄いねぇ、櫂君は。私なんて、必要に迫られないとそんなこと調べないし、憶えておこうなんて気にもならないもん」
「菜穂子さんは、そんなこと憶えておかなくてもいいんですよ」
「なんで?」
「僕がちゃんとフォローしますから」
それは、ありがたい。
ありがたいけど、それこそ誕生日でもないのにこんないいお店のイタリアンをおごって貰うのは、さすがの私でもちょっと、いや結構気が引ける。
お会計の時に割り勘にしてもらおう。
お店の料理は、どれも見た目通りに美味しかった。
ちょっと味が濃い目なのは、お酒が進むように仕組まれているからだろうか?
ボトルを一本空けたあたりでそんな風に思ったけれど、美味しいからまあいいや。
今日は、浴びるほど飲んでやる。
なんて口に出したら、いつも浴びるほど飲んでいるじゃないですか。と目の前から突っ込まれそうだな。
そんな私の目の前に座る櫂君は、食事中とても饒舌だった。
特に中身のない話ばかりだったけれど、時々ふっと話すのをやめて時間が止まる時があって。
なんだろう? と私が首をかしげると、櫂君はなんだか幸せそうに微笑むんだ。
もしかしたら、酔いすぎて櫂君にだけ妖精さんが見えていたりして。
なんて。
私との食事で幸せを感じるなんて事はないだろうから、もしかしたら顔にパスタソースでもついているんじゃないかと、慌ててナプキンで口元あたりをおさえてみたりした。
そんなやり取りが食事中に何度かあって、いい加減、なんなんだ? と思った時には、さあ帰りましょうか、と伝票を手にされてしまった。
訊くタイミングを逃してしまい、会計の金額を覗き見して、私はほんの少しだけ先に外へと出た。