桜まち
「じゃあ。また会社でね」
私がタクシーを降りると、櫂君は中から手を振りやっぱり上機嫌だった。
何かいいことでもあったんだろうか?
私に新しい恋、なんて言っていたけれど。
実は、何かとってもいいことがあって、それのお祝いだったりして?
なんにしても、ゴチになりました。
あざーす。
「お祖母ちゃんに、もう一度いい空き物件がないか訊いておくね」
「よろしくお願いしますっ」
櫂君は、敬礼のポーズをビシッと決めながらもヘロヘロな感じは拭いきれず。
緩んだネクタイが右にヘナリと曲がっているのが、なんだかちょっと笑えてしまう。
ありゃ、相当酔ってるな。
ヘロヘロの櫂君が乗ったタクシーを見送ってからエレベーターで三階へ行くと、丁度お隣のドアが開いた。
あ。
久しぶりの再会。
愛しの望月アツヒロさんに逢うことができて、私のテンションが急激に上がっていく。
チャージ開始!
彼はまだ私という存在に気づいておらず、俯き加減でエレベーターのあるこちらへ一歩踏み出した。
それから不意に顔を上げ、私という存在に気がついた瞬間に一歩たじろぐように退く。
そして、ぼそりと呟いた。
「ストーカー女」
「ちょっ、ちょっと待ってくださいよ。それ、違うって言ったじゃないですか」
私は撤回してもらいたくて慌てて彼に走り寄る。
すると、彼は焦ったように家の鍵を取り出し、鍵をガチャガチャさせている。
どうやら近寄る私から逃げるために、もう一度部屋に戻ろうというのだろう。
なんてわかりやすい動作だろう。