桜まち
「ちゃんと掴まってろよ」
「はい」
といっても体に触れるのはばかられるので、私は荷台をしっかりと両手で握る。
後ろから望月さんへ道順を説明しながら、私たちはお祖母ちゃんの家を目指した。
望月さんは、ガンガンペダルを漕ぐのでかなりスピードが出ていて、私は何度も振り落とされそうになった。
歩道の切れ目の凸凹で自転車がガタンッとなるたびに、ヒャッと上がる悲鳴と滲む冷や汗。
振り落とされたら頭ばっかりの血がダラリという感じで、ホラー的な怪我をしそうだわ。
「ちゃんと掴まってろって」
前から怒鳴られるように注意されて、はいっと大きく返事をした。
櫂君が居たら褒められそうなくらいにいい返事だと思う。
数分後、命からがら辿り着いたお祖母ちゃんちで私たちは鍵を受け取った。
「管理会社へは、私の方から連絡を入れておきますのでね。管理会社から新しい鍵を受け取りましたら、この鍵はお返しくださいね」
「はい。ご迷惑をおかけします」
望月さんは、私相手とは絶対的に違う、とても丁寧な態度でお祖母ちゃんにお礼を言って頭を下げた。
帰りは鍵を受け取ったことでほっとしたのか、行きよりも自転車の速度はのんびりとしたものだった。
「悪かったな……」
風とともに、望月さんからの謝罪の言葉がふわり後部座席に届いた。
私は、いえいえ。と言いながら望月さんには見えもしないのに首を横に振った。
それより、この年になって、自転車で二人乗りをすることになるなんて思いもしなかった。
しかも、二人乗りの相手は一目惚れした愛しい人だなんて。
なんか、青春してるみたい。
やっぱり赤い糸?
櫂君が居たら、後ろからスリッパでスパーンッとひっぱたかれそうだけれど、ニヤニヤが止まらないよ。
マンションの自転車置き場へ行きながら、望月さんがもう一度お礼を言ってきた。
「今日は、ありがとな。マジ助かった」
「いえいえ。お役に立ててよかったです」
ヘラヘラと笑う私に、望月さんは爽やかに笑ってくれる。
「うどんも旨かったし。あんたストーカーなのに、いい奴みたいだな」
「いえいえ、そんな」
と謙遜したところで、ストーカーじゃなくてっと慌てて訂正した。
「ははっ。悪い、悪い。もうストーカーなんて言わないよ。ええーっと、川原さんだよな」
「はい」
「サンキュー、川原さん」
望月さんは、最初に会った頃に見た眩しい笑顔を私にくれたのでした。