桜まち
そっか。
連絡したのに、私が無視してたから怒ってるんだね。
そうだよね。
こっちに来るって言ってたんだもんね。
なのに、LINEに反応もなければ家にも居ないとなると、そりゃあさすがの櫂君でも怒るよね。
だけどね、のっぴきならない事情だったのよ。
だって、私の大好きな望月さんが鍵を無くて、寒空の下に放り出されていたんだよ。
大好きな人が目の前で困っているんだもん、どうにかしたいって思うでしょ?
そんなわけでね、とってもバタバタしていたのですよ。
櫂君が来るまでの間にあった出来事を、私はおたおたしながらもなんとか説明すると、少しだけ櫂君の怒りが治まった。
ような気がした。
「で、菜穂子さんのことをストーカー呼ばわりしていた人と、仲良くうどんを食べていたと」
「いや。仲良くと言える距離感ではなくてね」
寧ろ、半径一メートル以内に近づけなかったから、仲良くと言うよりも、警戒警報発令みたいな、ね。
「その上、自転車で二人乗りですか?」
「それは、近道を知っている私と、一刻も早く家に帰りたかっただろう望月さんとの意見の一致と言うかなんというか」
まぁ、でも。
あれは嬉しい誤算だったなぁ。
むふふふ。
「なんにしても。仲良くなってしまったんですね……」
「そうなのよ、櫂君。奇跡的にも、仲良くなれたのよ。凄くない? これってやっぱり赤い――――」
糸と言いそうになったところで、櫂君がサッと踵を返した。
私は、隠し持っていたスリッパか何かではたかれると思い、瞬時に頭を抱えたのだけれど。
櫂君は、そんな私の横を通り過ぎて玄関へと向かってしまった。
「僕、帰ります」
「え? どして? やっと来たのに、帰るの?」
「ええ。やっと来たけど、帰りますっ」
あれ?
やっぱり怒ってる?
櫂君は、着てきたコートを脱ぐこともなく、さっさと玄関を出て行ってしまった。
結局。
櫂君がどうして怒っていたのか、よく解らないままだった。