桜まち
むふふふ な出勤
―――― むふふふ な出勤 ――――
週明け、燃えるゴミの袋を片手に玄関を出ると、お隣の望月さんもゴミ袋を手に隣の部屋から姿を現した。
昨日以前までだったら、サッともう一度玄関に引っ込んでしまうか、私の行動を察知して時間差で家を出ていただろう望月さんだけれど。
昨日のことがあったせいか、引っ込んでしまうどころか彼はにこやかに挨拶をしてくれた。
「はよう。川原さん」
「おはようございます」
うわー。
私、もうストーカー女って呼ばれてないよ。
川原さんて、ちゃんと名前で呼ばれてるよ。
凄いよ、凄いよ。
私はテンション上がりまくりなのをひた隠し、ぺこりと冷静を装いつつお辞儀をする。
「川原さんのおかげで、仕事が間にあったよ」
「仕事?」
「実は、データを昨日中にメールしなきゃいけなかったんだけど。そのデータの入ったUSBを部屋の中に置いたままで本当に困っていたんだ」
ああ。
だからあんなに切羽詰っていたんだ。
「鍵。会社に行ったらちゃんと探してみるよ」
「あ、はい」
二人でゴミ置き場にゴミを出して、一緒に駅へと並んで歩いた。
こうして肩を並べて歩ける日が来るなんて、夢のようだなぁ。
ストーカー女というレッテルを貼られてしまったてからは、半ば諦めていたことだった。
いや、半ばどころじゃないか。
ほぼ、一〇〇%に近いほど諦めかけていた。
櫂君だって、無理って言っていたもんね。
なのに今は、この状態。
人生、何が起きるかわからないもんよね。
嬉しさを顔には出さないように必死に抑えているけれど、実際はニヤニヤが止まりませんよ。
むふふふふ。
「ん? なんか言った?」
「え? あ、いえ。別になにも」
心の声が聞こえてしまったのだろうか。
危ない、危ない。