桜まち
僕専用
―――― 僕専用 ――――
就業時間終了後きっかりに、櫂君はPCの電源を落とした。
私がもたもたと帰りの準備をしていると、行きますよ。と櫂君が急かすようにすっと立ち上がる。
有無も言わせぬ態度に、え? あ? はいっ。なんて着き従っている私ってしもべみたい。
どうして急かされているのか疑問に思えど、怒っている櫂君に訊ねる気にもなれず、黙って後ろをついていった。
櫂君はスタスタと早歩きで、私はそのスピードに必死でついていく。
オフィスの入るビルを出て、駅までの道を行き、改札も潜り抜け電車に乗った。
朝よりも電車は空いていて、つり革には余裕でつかまることができたけれど、さすがに席は確保できない。
なもんで、窓の外に向かってつり革につかまった。
朝は愛しの望月さんと並んで乗っていた電車に、帰りはピリピリムードの櫂君と乗っている。
なんだか変な感じだ。
気持ちの天秤が、一気にがっくりと傾く感じ?
せめて、もう少し天秤の傾きを緩やかにしたくて、櫂君の顔を覗き込む。
「ねぇ、櫂君」
ご機嫌をとるように話しかけると、こっちも見ずになんですか? といわれて、勢いが削がれてしまう。
「何処に行くのかな?」
何も話さない櫂君だけれど、何処へ向かっているのかくらいは教えて欲しい。
「菜穂子さんのマンションです」
「え? 家? ああ、そうなんだ。家なんだ」
自分で自分に指を指し、なんだかよく解らないまま、なんとなく納得させられる雰囲気になってしまう。
しばらくして最寄り駅につき、二人で電車を降りた。