桜まち
マンションに辿り着いても相変わらず櫂君の態度はおんなじで、一緒に狭いエレベーターに乗っていると息苦しくなってくるほど。
たった三階までだからいいようなものの。
これが高層マンションで、住んでいるのが天辺だった日には、息をぜいぜい言わせてでも階段でいった方が精神的にはいいかもしれない。
部屋の前に着き、バッグの中の鍵を探る。
その間、櫂君は両手にビニール袋を提げたまま、何故だかお隣さんへ首を向けていた。
はて?
望月さんはまだ帰っていないのか、渡り廊下に面した窓は暗い。
「櫂君、開いたよ」
ドアを開けて、お隣を見たままの櫂君へ声をかけると無言で玄関に入っていった。
「お邪魔します」
一応礼儀は忘れていないようで、一言断ってから靴を脱ぎリビングへと入っていく。
怒っている櫂君のご機嫌取りをするために、私はキッチンへといった。
普段、自分のためにさえ料理なんてほぼしないのだけれど、いつもお世話になっている櫂君を怒らせたままというのは、今後と言うか。
将来的に出世して私のお給料をあげてもらうと言う目的の為に、ちょいと献身的になってみることにした。
買ってきたお惣菜をちゃんとお皿に移し、サラダくらいは出そうとレタスをバリバリ剥がして千切る。
それを硝子ボールにざっくり入れて、適当にドレッシングをふりかけた。
それ、料理? なんて言いっこなしで。
お箸も、翔君が入れてくれた割り箸じゃなくて、来客用の物を用意する。
この来客用のお箸は、お祖母ちゃんがいつ何があってもいいように、と用意してくれていた物だった。
因みに箸置きやお茶碗にお椀。
お皿もある。
そんなに必要なの? とお祖母ちゃんに言ったら、女の子なんだからこれくらいちゃんと用意しておきさい、と叱られたっけ。
お祖母ちゃんに準備してもらった時には、こんな物を使う日が来るなんて微塵も思ってはいなかったから、普段余り開けることのない棚の置く深くにしまってあったんだ。
今役に立っているよ、お祖母ちゃん。
ありがとうーー。