桜まち
「あの」
私は、姿勢を正して返事をする。
「はい」
「お隣の人、望月さんでしたっけ」
「望月さんが、何?」
「彼のこと、また好きになっちゃいましたよね? というか、まだ好きなままですよね……?」
伺うように訊ねる櫂君は、なんだか切ない表情をしている。
怒っていたんじゃなかったっけ?
「そうだね。ついこの前まではもう駄目。なんて思っていたけど、ストーカー疑惑もはれたし。望月さんも、私のこと避けなくなって、気さくにお話もしてくれるし」
このまま、どんどん距離を縮めていきたいところですよ。
むふふふふ。
考えただけで、ウキウキしちゃうわ。
「あの」
「はい、はい」
「はい、は一回です」
「あ、そうですね。ごめんなさい」
流れでいつもみたいに謝ったけれど、櫂君てばちょっと怒りが治まってきてる?
いつもみたいに注意してくれたことに、ちょっとだけほっとする。
「この箸や箸置きは、僕が初めて使うんですか?」
「うん。そうだね」
望月さんとうどんを食べた時には、来客用の物があるってことを思い出す余裕もなかったからね。
私の返事に、櫂君がうん。と何かを決めたみたいに一つ頷いた。
「じゃあ、これ。全部僕専用にして下さい」
「え? あ、うん。別にいいけど」
「あと、土鍋も」
「土鍋?」
「僕用に、新しい土鍋を用意してください。それと、マグカップも」
「土鍋にマグカップ?」
なんか、ここにでも住み着く勢いですな。
私としては、飲み仲間の櫂君が頻繁にやってきてお酒に付き合ってくれることには大歓迎だけれどね。
そうだ。
お鍋をつつきながら日本酒、なんてのもよくない?
それなら、お猪口も用意しなきゃだわ。
けど、マグカップはお酒の席に不要では?
まぁ、いいか。
「別に構わないよ」
「ありがとうございます」
櫂君は、ぺこりとお辞儀をした。
そして、その顔を上げた時には少しすっきりとした笑顔に変わっていて、私は心底ほっとしたんだ。