桜まち
どんどんビールを空けていく櫂君と、ペースを緩めつつも飲み続ける私。
しばらくすると、お皿に乗っていた惣菜もほぼなくなり、乾き物でもいいからつまみが欲しくなり、テーブルの端っこにグシャリと置かれたままのコンビニ袋に目がいった。
「あ、そうだ」
さっき翔君がくれたネイルチップが入ったままだった。
ビールを飲みまくる櫂君を前に、ビニール袋からネイルチップを取り出した。
デザインは二種類で、クリスマス用なのか。
ひとつは、コバルトブルーに雪の結晶をデザインした物。
もうひとつは、赤のグラデーションにトナカイのアートの物だった。
クリスマスまでには、まだ少し気が早い感じだけれど可愛いデザインだと思う。
ネイルなんて、女の子が気を遣うようなことに実のところあまり必死にならない私は、自分で夏になると気まぐれにマニキュアを塗るくらいがせいぜいだった。
だけど、これならチップを貼ればいいだけだし、簡単でいいかも。
クリスマスに一緒に過ごす相手なんかいないけれど。
もし、万が一にも望月さんと一緒にいられるかもしれないとなったら、このチップでちょっと指先のおしゃれでもしてみようかな。
望月さんとのクリスマスをぽわわんと勝手に想像して幸せ気分に浸っていたら、櫂君が私の持つチップに気がついた。
「なんですかそれ?」
とろんとした目をした櫂君は、その目を細めてよく見ようと少し顔を近づけてくる。
「さっき、翔君がくれたサンプルのネイル。可愛いよね」
ネイルの柄がよく見えるように、二つを摘んで櫂君へ見えるように向ける。
すると、櫂君が座った姿勢のまま両手を後ろについて、のけぞりながら零した。
「可愛いかもしれないですけどー」
何故か、その姿勢のまま不満そうに口を尖らせてしまった。
「てか、菜穂子さんはー、誰とでも気軽に話をしすぎです」
「え?」
ネイルを櫂君に見せたままの体勢で、何の脈絡もない櫂君の言葉に首を捻った。
ネイルチップの事は、どうでもいいらしい。