桜まち
家の中とは違って、外はメチャクチャ冷え込んでいる。
櫂君にだけはしっかりコートを着せたけれど、自分は何も上着を羽織らずに出たら寒いじゃないのさ。
「ううっ。風が冷たいっ」
夜風にぎゅっと身を縮めると、櫂君が静かに私の名前を読んだ。
「菜穂子さん……」
さっきまでお酒に飲まれて座っていた目が、心なしかちょっと潤んだ真面目な感じになっている。
私はそんな櫂君の目を見ながら、寒さに自分で自分の体を抱きしめる。
「なに?」
「寒い……ですよね……」
「うん。もうっ、メッチャ寒い」
私は、吹く風の冷たさにカタカタと歯が鳴り始める。
そんな私を、櫂君がじっと見ている。
さっきまで酔ってだらしなくヘロヘロになっていた顔が、会社でよく見る男前バージョンに変わっていた。
あれあれ。
何のスイッチが入っちゃったの?
ここには可愛い同期の子も、後輩ちゃんも居ませんよ。
なのに、そんな潤んだような瞳を私に向けてもしかたないじゃないのよ。
そういえば、櫂君とこうしてマジマジと顔をつき合わせることって、なかったなぁ。
真隣にいつも座っているせいか、お互い横顔ばかりみているような気がするし。
飲みに行っても、お酒や料理ばかり見ているし。
あ、頬の辺りに薄っすら小さなほくろがある。
気がつかなかった。
目はしっかり二重で、鼻筋も通っているのね。
あんまり気にした事はなかったけれど、後輩ちゃんたちが「藤本さんて、かっこいい~。きゃあっ」なんて騒ぐ理由も頷けるな。
櫂君て、ちゃんと見てみたら男前だもんね。
彼女、作らないのかな?
好きな人は居る、なんていっていたけど、実はもう付き合ってたりして?
彼女ができたなら、先輩のこの菜穂子さんにちゃんと報告しなさいよね。
少し茶色に近い目を見たままそんなことを思っていたら、櫂君がふわりと私に抱きつくように覆いかぶさってきた。
「こうしたらあったかいですよ」
驚いている私の耳元で、櫂君が静かに囁いた。